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海外

卒業旅行の思い出 その4

卒業旅行の思い出 その3のつづき ※最終回

○5日目○
いよいよこの日の晩にはシンガポールを離れる。
また公園などを観光した後バスにて国境越え。
お隣の国マレーシア・ジョホールバルの半日観光へ。
マレーシアとシンガポールの間は橋で結ばれている。
ガイドさんにしつこいほど「入国のスタンプがちゃんとパスポートに押されているか確認してください」と言われた気が。
押されていなくてトラブルになるとかなんとか。
お金を払えば出国させてやるという話になるらしい。
シンガポールが非常にきちんとしたイメージなので
マレーシアのイメージは悪くなった。
(もちろん実際はわからないですが)
イミグレーションであいさつできるように
マレー語をバスの中で教わった。
アッパカパー(こんにちは)とテレマカシー(ありがとう)。
・・・だと思ってたけれどネット検索すると
アパ カァバー(はじめまして)とトゥリマ カシ(ありがとう)
らしい(^^;・・・ま、アッパカパじゃね。
要はコミュニケーション、ということなんでしょうね。
外国の方が「コニチワ」って言うのと変わらないのでは。強引?
ジョホールバルではモスクなどを観光したが
物売りがいっぱいいてまたシンガポールとは違った感じだった。
知ってる日本語を使って気をひこうと道端で
「オワダマサコ」や他の有名な女優の名前などを言いながら
あやしげなじゅうたんとかを見せていた。

再びシンガポールへ戻る。
スタンプがちょっと心配だったが大丈夫だった。
食事後ナイト・サファリへ。
わりと新しい施設とのことですごく混みあっていた。
日本語のツアーバスで出発。
肉を与えたとかは思い出せないので淡々と過ぎたような気もするけれどなかなかおもしろかった。

観光終了。
ガイドさんと別れ際、行きはエコノミーだった飛行機が
帰りはスーパーシートになっていた。
どうやら1日目の「ウォーターフォール事件(笑)」のせい?
(↑気になる方は卒業旅行の思い出へ・・・)
スーパーシートなんて国内でも乗ったことないのに
国際線で、なんて幸運だった。
ぐっすりと眠り関空へ。

○6日目○
朝6時関空着。寒いし眠い。
荷物を受け取り無事入国。
安いツアーのため、新千歳への乗り継ぎの飛行機が
午後しか指定できなかったのだが
まだまだ若い私達は当初大阪方面にくり出して
たこ焼きとか食べるのもいいんじゃなーい?
なんていうことで遅い飛行機(15時とか?)を
予約していたのだったが・・・全然行く気力もなく、
なんとか1便早いフライトにかえてもらったものの
やっぱり午後の便には変わりなく、重たいスーツケースを預け
関空のロビーでひたすら飛行機の時間を待つことになった。


地方に住んでいると料金が高いうえに
国内の移動が長く、帰る時間が遅くなるのが嫌だけど
また海外へ行きたいと思える旅だった。
ただ、この旅行中に私の今後の人生は大きく変わっていた・・・
その話は気分が乗れば来月あたりにでも。
(だいたひかるさんかよっ)

★その後現在までマレーシアの島とタイと中国へ計4回旅行してます。会社勤めだと休みもないのでアジアばっかり(^^)でも好き。

卒業旅行の思い出 その3

卒業旅行の思い出 その2のつづき

○3日目○
セントーサ島観光。
写真と記憶が頼りなのでかなりあいまいだが
島まではケーブルカーに乗った。
いろんなところを観光した。
当時は大きなマーライオンが建設中だった。
(ページ検索したら現在はマーライオンタワーとして展望台に
 なっているそうでマーライオンも目からレーザーを出したり
 すごいショーやってるみたい。見てみたい!)
その後ハイティークルーズでティータイムを楽しみつつ
ちょっと離れた島めぐりに行った。たしかガイドさんに
「ネットを張っていない海にはワニがいるので泳ぐのは命がけ」
みたいな事を言われたような・・・
晩ゴハンは日本食の店だった。
道ばたに小さくて痩せた猫を発見して「猫だ!」と言ったら
「絶対さわったらダメです」と言われた。病気が感染るからとか

○4日目○
1日フリー。
2日目の朝に部屋を替わったので
(何故?と思った方は数日前のコチラの記事をどうぞ)
私たちの部屋の真下にはホテルのプールが見え
行ってみることに。
・・・
午前中は日陰になっている場所だったため
すごーく寒かった。
そして、浅いのはごく一部で他は足がつかないほど深く
ほとんど泳がず断念。
午後は出掛けた。
宿泊していたホテルは中心部ではなかったが
MRTという地下鉄の駅から徒歩10分程度だったので
交通の便は悪くなかった。
(アラブ人街の近くだったのでちょっと緊張したけど)
ラッフルズシティでショッピングをしたり、
マクドナルドを食べたり。。
マックではセットメニューを指差したので
手間取らなかったが「drink?」と聞かれ
「ウーロン・ティー」と言ったのが「lemon tea?」と確認され
「いや違う!ウーロン茶だ」とは言い返せずに
「・・・イエス」と言ってしまった。
言葉の壁が。。。

夜はデパートの地下にあるフードコートのようなところで
アジアンな麺を食べた。美味しかった。
ガイドさんに屋台はダメ、と言われたけれど
こういうところならいいのかな?と思って。
実際お腹は壊さなかった。

いよいよ次回が最終回。つづく

卒業旅行の思い出 その2

卒業旅行の思い出のつづき

治安が良いらしいので海外初心者にも安心の国なのでは?
というのが初海外旅行の私たちがシンガポールに決めた
理由だが冒険したい人向きではなく年を取ってからでも充分行けると思う。
私もまた行きたいけれどもっと先でもいいし
ちかぢか母と行ってもいいし・・・(どうお母さん(^^)?)
細かな規則が多く指定以外の場所で斜め横断をしたら罰金とかタバコをポイ捨てしたら罰金とか一見厳しく感じるが
そんなの日本でもしないに越したことはない。
ただ、ガム好きな人は厳しいかも。。
ガムは国内で販売されておらず
国外からの持ち込みも制限されている。

○2日目○
市内観光はスタンダードなコースを巡るという感じだったが
初海外は何もかもが新鮮に映った。
年中暖かい国なので背丈以上ものびたランの花を見たり
ラッフルズ卿の彫像を見たりマーライオンを見たりした。
マーライオンが本来なら口から水を出しているのだが
何故か忘れたけれどその時は出していなくて残念だった。

夕方、トライショー(自転車サイドカーもどき)に乗る。
現地ガイドさん(中国系現地人)に「運転手のチップは
旅行代金に含まれているから渡さないように」と言われたが
やっぱり「チップ」と言われた。知らないふりしたけれどf(^^;
シンガポールの下町みたいな所を走るのが楽しかった。
「この辺りも再開発が進んでいるので数年後には乗れなくなるかも」と言っていたが今はどうなんだろう?
観光として成り立っているから残っていそうな気も。。
その後、屋台でフルーツを食べた。
(ランブータンやバナナを持っている写真より)
ツアー以外でやたらに屋台を利用するとお腹を壊すからダメと言われた記憶も。
初めてドリアンを食べた。3回食べればとりこになる
・・・らしいけれど無理だった。腐ったタマネギみたいな感じ?
ドリアンは臭いが強いのでホテルへの持ち込みが厳しく制限されているのはけっこう有名な話。
2日目終了。
またつづく

卒業旅行の思い出

受験生の日記帳:パスポート申請
卒業旅行で海外へ行くかも?という話になっているので
私の卒業旅行のことを書いてみようと思います。
といってももう9年も前の話・・・懐かし過ぎ。
当時の事を思い出そうと写真を見ました。

mr0206卒業旅行は3人でシンガポールへ初海外
友達が1日だけフリーの他は食事・観光付きの安いプランを見つけてきた。
(←マーライオンの置物を買ってきたけれど東京で東京タワーの置物を買うようなもんだろうか?)
ここでさらっと行程を。
  *  *  *  *  *
1日目 とにかく移動日。
2日目 市内観光。
3日目 セントーサ島観光。
4日目 フリー。
5日目 ジョホールバル(マレーシア)半日観光有、深夜帰国の途へ。
6日目 国内移動。帰宅。

○1日目○
新千歳空港から関西空港を乗り継いでシンガポールへ着いた時は既に夜中だったと思う。
ホテルでは明日の観光に備えさっさと寝るはずだった。
ところが。
いちばん最後にベッドに入った友達が悲鳴を。
何かと思えば・・・天井の梁?の部分から水が垂れ友達のベッドの上へぽたぽたと。
フロントに電話をするが安いプランゆえ日本人スタッフはいず
英語でしゃべらなくてはならなくなったのだが
ただでさえ苦手、というか簡単な単語くらいしか理解できないのにジェスチャーナシで電話の相手に
「天井から水が滴り落ちるから修理しろ」だの
「どうすればいい?」だの、なんて言っていいかわからない。
最初に寝た友達は本州出身なので
少しは英語がわかるだろうが全然起きないし
もうひとりは「ドゥ・ユー・スピーク・イングリッシュ!?」とか
訳わかんなくなってるし(こっちが喋れないって!!)
私も「ウォーター!ウォーターフォール!!」と
かなり訳わかんないけれど
ただごとではないかと察してもらったのか
なんとか修理屋さんは来てくれた。
で、結局直らないのか「ルーム・チェンジ・トゥモロー」と
ゆっくりとした英語・手振り付きで言ってくれ
その晩はやっと眠れることに。
次の朝、エレベーターから近くて昨日より広い部屋に移動。
修理屋さん(男)が来た時もずっと寝続けていた友達は
寝たふりをしていたそうで・・・怖くないのかな?
私は何かあったら大変!と思って警戒していたのに・・・
大胆です。

★今後そんなにハプニングもないのですが
 このままだと長くなりそうなのでつづく・・・

当時取得したパスポートはブルーの5年だったので
とっくに期限は切れているが・・・若いです!顔がシャープ!!
(画像upしようかと思ったけど、やめときます)
もしレッドの10年を申請していたら
旧姓のままの旅行だとまだ使えていたのですが
(実際去年上海へは旧姓で行った)
はたしてイミグレーション通過できるんでしょうか??
あの頃私のことを想ってくれた人がいたら会いたくないわ。。。
(-_-)思い出はずっと美しいままで・・・

地震と津波

cat1229今後のことなど心配です。
暑い地域なのでいろいろ大変だと。

マレー半島の西側と東側では気候が異なり、西側の地域はちょうど今頃が乾季でベストシーズンだと聞いた。
だからクリスマス~年末にかけ
観光客がたくさんいただろうと思うと胸が痛む。
今回被害が大きい タイのプーケット島へは行ったことがないが
マレーシアのランカウイ島へは数年前の夏休みに行った。
まだ開発が始まって浅いという素朴な島のリゾートでのんびりしたり
シュノーケリングのツアーに参加して楽しんだ。
ホテルの食事はおいしく
スタッフの方々も感じが良く、などなど 思い出がいっぱいで
帰るのが寂しくて飛行機の中で泣いたほど(笑)

↑島のスーベニアショップで買ったネコ。家でネコを飼っている当時の彼
 (現在では夫)へのおみやげだが今は私の指輪置き場になっている

今回の地震では場所により被害を受けた施設もあるようだが
だいたいは通常どおり営業をしているようで少し安心した。
またいつか行ける日が来るといいなと思っている。
次は少しでもいいので英語が話せるようになってから・・・


今ではもう絶対しようとは思わないが
津波警報が出た時に海岸まで見に行ったことがある。
8歳の時に住んでいた家が海のそばだったので・・・
結局私達親子には確認できず来たんだか来てないんだか
忘れる程度だが。(マネしてはいけません)

ニーハオ・トイレ

中国・北京で開催される2008年のオリンピックに向けて都市部では昔ながらの開放感あふれるトイレが減ってきているらしい。先日上海へ行った時にはそういうトイレに入る機会はなかったがもう永久に失われてしまうかも。。ちょっと後悔。(しないか

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